WEB魚図鑑の終焉

WEB魚図鑑の終焉

インターネット上の魚図鑑と言えば、「ぼうずコンニャク」「魚類写真資料データベース」「WEB魚図鑑」である。このうちWEB魚図鑑の「運営」には自分も携わっていた。過去形なのは昨年の9月に魚図鑑の「運営」から手をひくことになったためだ。なぜ「運営」と鉤括弧になっているのかといえば、それは手を引いた2015年9月には私は運営にはタッチできていなかったためだ。

当時魚図鑑を運営していたのは「ズカンドットコム」のメンバーである、直江さん、中城さん、山出さんの3人である。

もともとWEB魚図鑑は21世紀の初頭からあるもので、一般ユーザーからの投稿写真で成り立っていた。冒頭にあげた3つの図鑑のなかでは唯一といっていいかもしれない。自主的にユーザーが登録した魚の写真が、スタッフの同定をへて、魚図鑑に掲載される。運営スタッフは小西英人さん、山出潤一郎さん、本多順一さんだ。さかな図鑑に付随する「さかなBBS」(現在はリード・オンリー)も2002年にスタート。WEB魚図鑑は一気に盛り上がり、その当時はまだ日本に分布することが殆ど知られていなかったイトヒキコハクハナダイや、ツキヒハナダイ、カタグロホホスジモチノウオ、キテンハタなどの種類が国内から採集され、投稿され、話題になった。

しかし、2007年の秋の日。残念なことに小西さんが、魚図鑑から離れてしまうことになった。その時も、小西さんは、「さかなBBS」(41218)(いずれも、外部リンク)で「JUNさん(山出さん)、じゅん坊さん(本多さん)、ぼく(小西さん)の3人運営グループの考え方が、だんだん違ってきていました」(さかなBBSより引用、括弧内の注役は私)と、おっしゃって辞めてしまわれたのであった。

その後その運営を、当時魚図鑑のいちユーザーだった宮崎さん、そして宮崎さんと親しかった村瀬さんが担当されていた。私も小西さんがいたころからいちユーザとして魚図鑑に参加させていただいており、2009年の11月1日付で運営スタッフになったが、それから数年間はとても楽しい時代だった。

ところが、2013年から、魚図鑑の様子が大きく変わってしまった。自分の仕事は、

  1. 魚図鑑の解説の文を書くこと。
  2. 魚図鑑に投稿された魚の写真を同定して登録すること
  3. 魚図鑑に携帯電話などから魚の画像を登録する際、画像の向きを変更すること
  4. 魚図鑑に登録された魚の写真に誤同定があった場合、それを修正したりコメントを入れたりすること
  5. さかなBBSにたまにどっさりくるスパムを削除すること
  6. その他雑用

だったのですが、残念ながら1.と4.以外の殆どの仕事を失ってしまった。

簡単に言えば、2013年以降は、登録した写真はそのまま魚図鑑に掲載され、その状態でユーザーに同定をやらせる、というものであった。なぜそんな風になったかはわからないが、宮崎さんがフェイスブックのグループ内で、難しい英語の文献なども提示しながら教えてくれた。しかしそれらは私はあまり魚図鑑には適していないように思えた。なぜならば、革新的すぎたからだ。

魚の名前を教えてほしい。だったら今までのようにさかなBBSで同定してもらい、それを図鑑に投稿してもらい、私たちのような専門のスタッフが最後に同定して登録を行う。このシステムが安全でかつ現時点では最高のシステムのように思えるのだ。そして新しい魚図鑑のやり方では、魚以外の水生生物が入ってきても対応ができない。なぜか。削除する術がないのだ。

結局魚図鑑に必要なガバメントは運営3人がもち、私たちはただのお飾り。いてもいなくてももはや関係はなかったのだ。それが現実。さらに言えば著作権のポリシーや、画像の向きの修正、二重投稿の対応、そんなものは残念ながらいまの魚図鑑を運営する3人の頭の中には全く入っていなかった。そしてそれが故に問題がおこる。


実は私はもうすでに山出さんとはFacebookの友達からも削除されてしまった。それは1月8日のこと。別のところでも述べた台湾のウェブサイトとの問題や、魚図鑑に頭の向きがへんなもの、腹を上に向けているような画像をなんとかしてもらえないかと尋ねた。魚は、カレイやササウシノシタの類を除き、頭を左に向けておかなければならないというルールがあるが、山出さんとの間でもめ事になってしまった。

結局のところは、山出さんには山出さんの構想があり、わたしたちにはわたしたちなりの構想があった。1月8日にこの友達から削除されてしまった後、久しぶりに魚図鑑の登録を試みた。山出さんから友達を外されようが、魚図鑑にはまだ多くの友人がいるのだ。これが2月13日の深夜のこと。

編集制限に達しました。1日後にもう一度お越しください。(略) 写真の投稿・説明文の追加・編集など、すべての編集作業は1日25回まで行っていただけます。

なんだって。

プチ

それでなんか俺はキレた。

いつの間にか、魚図鑑には1日25回までしか投稿できないというルールが勝手に作られてしまったのだ。いったいなぜだ。それは、あの3人の「無知」であることは、明白だろう。しかも25回まででなく実際には23回しか投稿していないがここでは触れない。

はっきり言って3人は、WEB魚図鑑はいったいどのようなものか知らなかった。魚図鑑はどのような社会的価値を有するのか。魚図鑑とはいったいなんなのか、それらの認識が甘すぎたと言わざるを得ない。2月13日のケースは、1日25回までしか画像を投稿できないというルールであるが、私が魚図鑑にかかわっていたときにはなかったから、3人が考えたルールであることは明らか。

私が魚図鑑に係っていた2010年頃には、ダイバーの方がよく投稿されていた。1日50枚とかよくあり、1日でかなりの数を投稿していただいたが、それは大変だったか、あるいは忙しかったか。いいえ、私にとっては極めて嬉しいものであった。

しかし、例えば夏休みに沖縄へ旅行に行って、たくさんの画像を投稿したいということもあるだろう。しかしながら、今の彼らが考えたルールでは何日かにわけて投稿しなければならず、極めて不都合で面倒くさいものだ。

私は、はっきり言って、魚図鑑をいまの3人の手から取り戻したい。しかし、現状ではそれができない。彼らはズカンドットコムという会社をつくってしまったからだ。もし魚図鑑を3人の手から無理やり取り戻すようなことをすれば、株主やその他の人にも迷惑をかけることになってしまう。新しい魚図鑑を作成するという手もあるが、システムを作成したり、あるいはサーバー使用料の支払いなどで、莫大な出資を余儀なくされてしまう。

私が持っている矢は尽きてしまった。魚図鑑に戻るにも、もうあのようなふざけたルールの魚図鑑には戻りたくないし、新しい図鑑を作るにしても先ほど述べたような費用の問題がある他、どれだけの人が集まるか、という問題がある。なぜならば私がWEB魚図鑑と競合するような、新しい魚図鑑を作っても、WEB魚図鑑には東大院と、海洋大学院卒の超エリートで、同定が上手い二人がいる。こちらは私一人であり、(長らく九州やら四国の宇和海岸にすんでいたために目にしたこともない、と言い訳もできるが)淡水魚ファンなら誰もがお馴染みのウグイ類の同定さえできないのである。それでは人が集まってくるはずもない。だから、新しい図鑑を作って分裂をすることもできない。

だったらせめて、私がこれまでだらだら長く述べてきたばかげたルールの解消を願う。さもないと、魚図鑑は、社会的な価値を失うし、投稿するひともいなくなり、結局魚図鑑、運営スタッフ、投稿者などの首をしめてしまう。そして、WEB魚図鑑は、そのまま終焉を迎えてしまうだろう。

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コメント

  1. MKT より:

    こんにちは。

    もう、時が解決するかすら分からない問題ですね。

    多くの他人の財産を預かったまま運用ポリシー転換をした点は、当時、極めて罪深いものを感じました。

    私も混乱を知る者のひとりで、当時色々な葛藤がありましたが、今は写真をどこに投稿したら多くの人の役に立つかをシンプルに考え、ネットにあげたり、提供したりしています。

  2. 椎名 より:

    MKTさん こんにちは&お久しぶりです。
    もうおよそ10か月前に書いた文ですが、私もようやく心の整理がついたような気がします。