F1は終わる。

F1は終わる。

ことし2016年はちょっとばかりさびしい1年になるようだ。

私は魚だけでなく、スポーツのTV観戦も好きだ。好きなのは「野球」「サッカー」「F1」の3つ。しかしながら野球はある特定のチーム(ここで具体的に好きなNPB球団の名前を揚げると大阪や兵庫県の方々から袋叩きに逢う可能性がありますのでここではふせます)を中心に応援していて、それはBS放送で無料で見ることができる。タマ蹴りwは主に日本代表の試合を中心に見ているが、それはBSは勿論地上波デジタル放送でも見ることができるので、特に問題がなかった。

一方もう一つ。F1グランプリ。これこそが私にとって大きな問題なのだ。

日本でのF1中継はTBSが70年代に行っていたが、私がうまれた1987年からはフジテレビが放送権をF1団体から取得した。

昔、1970年代はF1などのモータースポーツは暴走族と似た感じの扱いがされており、その点についてのバッシングが多くあったらしい。77年の日本GPでの死亡事故(立ち入り禁止の場所にいた数人に事故を起こしたF1マシンがぶつかり、その数人のうち二人が死亡した)が起きた後、日本の大きなマスコミは批判的に報道した。事故を起こしたドライバーが立件されたなどという話もある。

その後はF1においても安全が優先されるようになったし(特に94年のセナの事故の後)、「暴走族扱いされる」ということについては、ドライバーが交通安全のキャンペーンを行うなどし逆に表彰されるようにまでなった。

日本で1977年の後にF1が開催されるのは、1987年の鈴鹿が最初だった。お台場のテレビ局によるF1中継もこの年からF1関連団体と契約している。この年から中嶋悟が日本人として初めての(フル参戦)F1ドライバーに起用されることが決まっていた。翌年は日本メーカーのホンダ・ターボエンジンを搭載したマクラーレンが連戦連勝(16戦15勝)の快進撃をみせ、アイルトン・セナが日本においても高い人気を獲得した。

1992年にホンダがF1をやめ、1994年にはセナが事故死した。その後はF1は危機的な状況に陥ったかのように見えた。しかしミハエル・シューマッハの頭が少しばかり抜けてきて、2000年に鈴鹿のレースで優勝を決めたときは、シューマッハが嫌いな人以外は感動しただろう。

日本人ドライバーは2000年と2001年はひとりもいなかったが、その後は日本人F1ドライバーが何人か出てきたり、金曜日のフリー走行を日本人ドライバーが走ったり、トヨタやスーパーアグリなどが参戦して再び日本でも人気が出てきたかに見えた。

しかしながら2011年に、お台場のテレビ局は地上波でのF1中継を終了してしまった。其れだけでなくF1の映像制作も終了してしまった。F1は世界中で放送されているが、モナコGPを除き、2006年よりあとはほぼ全てのレースでF1関連団体FOM製作の国際映像が流れている。数少ない例外であった。しかしながら中継の方は2012年以降もBSフジで継続されるということで、安堵したファンも沢山いたはずだ。2011年にフジテレビは韓国ドラマの放送などから「デモ」が起こったが、この決定のあとはフジテレビをたたえるコメントや、「韓国ドラマは嫌いだけどフジは見直した」旨の発言も若干あった。

しかしF1の中継は世界各地で不振が続き、1950年にF1の最初のレース(現在は900戦以上!)を開催したイギリスでもF1中継は全レース無料ではなくなり、無料と有料の放送に分けられることになった。そして昨年12月、無料放送を担当していたBBCもF1から撤退したもようだ。フランスもF1中継を有料化させた。他多くの国が追随した。

アジア地域では2016年のF1中継の権利はFOXスポーツ・アジアが取得したらしいという情報があり、日本ではそこから権利を買い取ったフジテレビが有料チャンネルで放送する構えだ。有料放送はそれでいいだろう。全セッション生中継。では、私のように「F1の為だけに有料チャンネルを契約するのも面倒くさい」と考える層はどうするのか。

一時は「BSフジが放送してくれる」などといううわさもあったが、この期に及んで発表がないことを考えると、もうお台場のテレビ局の無料放送はないと考えるべきなのかもしれない。

F1は考え方にもよるが、世界三大スポーツのひとつにかぞえられる場合もあるほど、視聴率を集めることができるスポーツとされる。しかし2011年の改革が上手くいかなかった。「もしかして抜けるのでは・・・」「もしかしたら抑え切れるのでは・・・」というワクワク感を一気に掻き消してしまう可変ウィングDRSシステム、数周走るだけですぐへたってしまうピレリ・タイヤ(ピレリに問題があるのではなく、F1団体の方針によるもの)、極めて醜いマシンの外景。さらには2009年以降「コスト削減」を錦の御旗に、エンジンの開発を禁止したり、空力の開発やテストに大きな制限を設けたこと。近年では面白いシーズンとして知られる2006年と2008年は、ホンダやトロロッソのようなシーズン中盤にぼろぼろだったチームがマシンの開発などにより(後者はシーズン序盤は旧車を使用していたが)、シーズン後半には優勝するようなパフォーマンスを発揮した。しかし今の新しいルールはそれができない。テストが禁止されているからだ。逆に空力が進歩してもエンジンがイマイチならば問題がどこにあるのか見極めにくくなるし、どちらも良くてもタイヤとのマッチが上手くいかねば、タイヤの摩耗が速く進む。ましてや「ピロリ」とも言われる今シーズンのタイヤはまさに生もの。

日本においては2000年代以降、ホンダとトヨタがF1に参加していた。ホンダは2008年のシーズンがめちゃくちゃなものだった。そうなれば2008年の車の開発を早いうちに打ち切り、2009年に勝てるような車を作った方がよいと思うようになる。そして彼らが作った車は2009年のチャンピオンを獲得する。しかしその車はホンダとは名乗らなかった。ホンダは「2008年金融危機」でF1から撤退してしまった。昨年からマクラーレンにエンジンやエネルギー回生システムなどを供給しているが、成績は10チーム中、9位と低迷した。あの時撤退していなければ熟成や理解が進みまだ少しはいいエンジンをつくることができていたように思われ、それが好成績に結び付けば再び日本人がF1を見るようになるかもしれないが、それも死んだ子の年を数えるようなものでしかない。

最近は世界から見た日本の見方を伝えるようなテレビ番組、日本の良いところを聞いて紹介してもらうような番組が流行っている。つまり日本人は世界から相手にされたい、あるいはされなければならないというような思いが強いわけだ。最も、このような思いは世界のどの国も持っているように思うだろうが。スポーツでは自分の国出身のスターが活躍するようなシーンが見たい。これの両方を考えると、ホンダエンジン搭載の車が常に一番下の方を走っていて、日本人ドライバーが不在のシーズンというのは、明らかに2017年以降、日本とF1の結びつきが弱まるような気がしてならない。

幸いにも2017年についてはF1にも大きな改革が予定されている。具体的には「攻撃的な」かつ「レトロな」車になるのだという。そして扱いが難してく、ドライバーの腕という要素がマシンの性能よりも勝利に結び付くような車になるという。それまでに新しい規則を準備し、序盤マシン開発、あるいはエンジンの開発に出遅れたチームが終盤には遅れを少し取り戻せるような規則があるのが望ましい。それができないのならば、そしてバーニーらお偉いさんが私腹を肥やし続けるのであれば、F1ではなくスポーツカー選手権などが、モータースポーツの頂点になっているに違いない。

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