淡水魚を守るには

淡水魚を守るには

今、淡水魚が危ない。

最近淡水魚がさまざまな理由で絶滅の危機に追いやられている。これについては最近のマグロ類やウナギ類の報道などもあり、多くの人たちが「乱獲」を理由にあげようとするが、実際には生息環境の悪化によるものが多い。種の保存法という法律があるが、そのような法律を設けている割には、省庁や自治体は野生動物に配慮していない道路を作ったり、水路をコンクリートで埋め立てる行為などの自然破壊については寛容で、趣味的な採集については敵視する傾向がある。其れが顕著に出てきたのが4月の竹富町の条例であろう。

はたして取水工事と、愛好家の採集では、どちらの方に悪影響があるだろうか。答えはもうすでに出ている。趣味的な採集であれば、マナーさえまもればまた翌年には同じくらいの数の魚が復活するが、取水工事は生き物の生息地を破壊する行為となる。そちらの方が罪が大きいのに殆どとりあげない。結局省庁や自治体というのは、生き物を絶滅に追いやっているのは愛好家の趣味による採集のせいなんだよ、と言っているようにも聞こえるのだ。では今回は、絶滅しそうなな魚を襲う危険と、それを防ぐためにはどうしたらよいのか。それについて考えてみたい。

 「種の保存」だけでは生物を守れない

絶滅しそうな魚種を保護する「種の保存」という考えがあるが、それでは絶滅しそうな淡水魚の保護はできない。環境省がすすめる「種の保存法」については、絶滅危惧種の生物のことしか考えていないのだ。なぜ生き物が絶滅してしまいそうなのか。それはほとんどが開発であり、そのせいで住処を失う、餌を失う、あるいは繁殖の場所を失う、ということが多い。生き物はヒトを含めて、すべて他の生き物に頼って生きているのだ。

愛好家の採集のせいにしようとするミスリードを誘うような広告をつくるなど、いかに関係省庁が愛好家を敵視し、開発については全くというわけではないが無視するのか。

無駄な護岸工事、原発事故の影響もあるが、その後出てきたのは田んぼや山の斜面に創り生物の生息地を失うことに貢献するメガソーラー。これらの方が採集よりも愛好家のマナーのある採集のせいで生き物が絶滅にひんするなどという意見はもはや恥ずべき考え方と言うしかないだろう。

ではメガソーラーを撤去すればいいのか。勝手な判断でやるとそれは犯罪になってしまうおそれがある。ではいったい私たちにはなにができるのか。淡水魚を守るために4つの案を提示したい。

私たちにできること1 「放流を行わない」

どんな生き物でも採集して家で飼育して放流すると、外来種になる。その話を聞くと「採集した場所に放すから問題ない」なんて意見を聞かれる。しかし、その生き物を飼育している水槽には本当にその魚だけが入っているのか。

我が家ではドジョウの類だけを飼育している水槽がある。ドジョウ類は経験上、エロモナスなどの病気になりやすく、病気を防ぐために、バクテリアがたくさん増殖した水槽で飼育する、豊富な種の餌を与えるなどの工夫をしている。

その水槽の住人には絶滅が危惧されるようになったトウカイコガタスジシマドジョウが含まれる。しかし、この水槽のトウカイコガタスジシマドジョウをもと居た場所に放していいのか。答えはノーだ。トウカイコガタスジシマドジョウには、バクテリアが含まれている。それは同居しているミナミメダカのいた場所の水のバクテリアかもしれないし、ニシシマドジョウのいた場所にいたものかもしれない。二枚貝も幼生はヨシノボリなどについて移動する。もしかしたらトウカイコガタスジシマドジョウにもついているかもしれない。それを放流すれば、トウカイコガタスジシマドジョウだけではなく、外来のバクテリアや貝などを放つことにもなってしまう。

飼育できなくなった魚を放流して、また新たな魚を水槽に迎える―そのようなやり方でこれまでにも大きくなったロリカリア類、マーレーコッド、アリゲーターガー、ホクロヤッコといった魚が野外に放された。

「里親さがし」をするならよいのではないか、という意見も聞く。しかし実際には神奈川県川崎で飼いきれなくなった魚を引き取り里親を探すという活動をしていたはずの、「なんちゃらポスト」というところが、信じがたいことにコイなどを河川に放つようなことをしていたのである。そのようなことをされてはたまらない。ガーの特定外来生物入りが決まったが、それは根本的な解決には絶対にならない。なぜならば別の魚も放される可能性があることについては、どう考えるのか。

それを考えると、少なくともその地に住んでいない生物の放流を法で禁止するのが最適なのだが、環境省にとっては、「地域猫」と言ってネコ(外来種)を放つような運動もしているから、そのようなことをしたら環境省自体が違法行為の推奨団体になってしまう(実際にはネコはどこの所有とか決めるルールがあるがそれが守られてるという話は聞いたことがない)。そのためこのようなことが出来ないのではないかと思われる。

しかし、「地域猫」が山や野や森の中を歩き回り狩りをする、それだけで鳥類や哺乳類、あるいは爬虫類などが危機に瀕する。絶滅するようなものでなければいいといっている地域猫擁護派もいるが、ネコが捕食し、狩りを行うことにより生き物がどんどん減ってしまう、つまり絶滅の危機になかった生物が、ネコのせいで絶滅の危機に瀕するおそれさえあるのだ。地域猫やネコの放し飼いをやることによりおこる影響について地域猫擁護派の人に話すと会話が成立しないことがある。そしてその間にも地域猫が生き物に脅威となっているのだ。

ガーやナイルパーチなどを特定外来生物入りさせるのであれば、ネコも特定外来生物入りさせる必要がある。それは絶対にやらなければいけないことだ。

私たちにできること2 「淡水魚の売買にかかわらない」

最近観賞魚の専門店、あるいはホームセンターの熱帯魚売り場などでも日本産淡水魚類が販売されていることがある。

しかしこのような淡水魚はいったいどのように漁獲されているのだろうか。マナーを守った採集では問題ないだろうが、許容範囲をはるかに超えた数を採集できるような網をつかったりして採集していたりする。養殖個体が販売されるなら乱獲が減る、と思っているような人がいるかもしれないが、業者は営利企業であるため儲けが必要なのだ。

さらに最近ではインターネットのオークションで淡水魚が出品されるケースがある。その中には多数の同一魚種が出品されたり、あるいは魚ではないがサンショウウオの卵塊などが出品されるケースもある。そのような販売方法は許容範囲をはるかに超えた採集に加担している可能性が極めて高い。繁殖個体が出回れば…と思う方もいるだろうが、こういう個人出品というのは基本的に「小遣い稼ぎ」であり、数が必要なのだ。したがって、許容範囲をはるかに超えた採集に加担している可能性が極めて高いが、それは業者を超えるかもしれない。

あまり影響がないのはイワナやヤマメ、イトウなどのサケ科魚類であろう。これらの魚は養殖個体が販売されていることが多い。これら養殖個体は野生個体よりも人になれていて野生の個体よりも飼育しやすいというメリットがある。ヒトの手により生み出されたキンギョ(ギベリオブナ)やニシキゴイ(コイ)、あるいはヒメダカ(ミナミメダカ?)など改良品種は、購入しても何の問題もない。ただし、絶対に放流することがないように終生飼育することが大事だ。

私たちにできること3 「生息地の公開を避ける」

よくインターネットで淡水魚の生息地を公開している人がいる。詳細に情報を書いているつもりなのだろうが、淡水魚の生息地公開は危険なのである。

もしその地域に愛好家が訪れるならば。マナーを守った採集ならば問題ないが販売目的で大量に採集するような輩もいる。そのようなことを避けるうえでも、絶滅が心配されるような種でも、そうでない種でも、生息地の公開を避けなければならない。

ブログやホームページで淡水魚採集の様子もアップしてみたくなるものだ。以前は画像の加工などは必要なかったが、今では簡単に画像から場所を特定できるようになった。GPSの情報や、画像検索、あるいはGoogle社が提供するストリートビューのおかげで簡単に場所を調べることが出来るようになり、自衛が必要になってくる。粗めのモザイクをかけたり、写真から魚周辺部だけをトリミングするなどの工夫がいる。

写真中央でボサ蹴りをしているのは私。しかし自分以外の人が写っている写真を使うとなれば、肖像権の問題も絡んでくるので注意したい。

私たちにできること4 「繁殖の試み」

淡水魚を守るためには繁殖を試みるのもよい。ただしその意図するところは放流して増やすのが目的ではない。繁殖させ、その生物の生息していない河川に放流するのであれば、先ほど述べたようなただの外来生物の拡散であるし、同じ河川の群であっても、水槽内で繁殖したプランクトンは?底にすむバクテリアは?いずれにせよ繁殖させることが、繁殖個体を放流することにつながるのなら、淡水魚の保全につながる、とは考えるべきではない。

飼育している淡水魚を繁殖させるのにさまざまな条件を試行錯誤し、淡水魚の繁殖にはどのような条件が必要なのかを考える。水温やpHの計測なども欠かせない。これらを考えると、子供のいる家庭や、仕事で忙しい人には向いていない。家の中でデイトレーダーとかライターとかそのような仕事をしている人なら可能だと思われるが、一般的な家庭ではあまり向いていないといえる。

 私たちにできること5 「インターネット活用」

淡水魚を守る試みに「インターネット」を使う試みもある。特にTwitterや、FacebookなどのSNSは効果的だ。どのように使用するのかといえば、Twitter上で淡水魚に詳しい人は、魚の放流に関するニュースを記事として紹介することがある。「淡水魚に詳しい人」が良心的な人間であれば、そのニュースを批判しながら紹介するであろう。そのようなニュースをリツイートしたり、コメントをしたり、同じように紹介したりすることにより、淡水魚放流は保全にはつながらないことをアピールさせられる狙いがある。

しかし淡水魚の将来の見通しは明るくない。なぜならばある鳥を個体数が回復したなどといって種の保存法からはずそうとしているようだ。表向きの理由は上記のとおりなのだが、実際には開発をしたいところからの圧力がかかっているというのがホンネらしい。これで生き物の保護はなるのか、寧ろ逆かもしれない。

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